それから退院はすぐだった。
とりあえず歩けるようにはなったけど、まだ松葉杖をはずすことは出来なかった。
退院の日。
なぜ翼が病院にやってきた。
入院中はあまり誰とも関わりたくなくて、翼との連絡も控えていた。
あんまり知られたくなかった、弱い自分を。
そして、誰かに会ったら弱音を吐いてしまいそうで怖かったから。
未来を変えたいから。
変わりたいから。
極力誰にも話さずに、努力した。
だからこの日、翼がその優しい笑顔で迎えてくれたのが、すごく嬉しかった。
いつの間にか2月になり、雪は以前よりも深く積もっていた。
「午後から部活なんだけど、行くか??」
この日は土曜日で、午後からが部活となっていたようだ、と言うよりかは、たぶん私のことを連れていきたくて、翼がわざわざ先生のとこに頼みに行ったんだと思う。
「行く…。行きたい………。」
「どーせ毎日寝てばっかで怠ってんだろ??」
翼は私の頭に手を置いた。
私のことをずっと外で待っていたようで、その手はひんやりとしていた。
「じゃあ、送っていくわね。」
お母さんが笑顔で車に私と翼を乗せた。
なぜか、私が今着ている服は青高陸上部のジャージ。
絶対これ、翼がお母さんに言ったんでしょ………。
未だにぶかぶかな陸上部のジャージは懐かしくて、思いきり走れていたあの頃がよく思い出された。
心が急に熱くなって、あたしは窓の外を見た。
ちょうど1ヶ月前はこの景色が色褪せたように、何の感情もなく、ただぼうっと見ていた。
だけど、今の私は、
懐かしくて
嬉しくて
幸せで
悔しくて
苦しくて
切なくて
物思いにふけっていると、頬に親指がのった。
「泣くなよ、せっかく退院したのに。」
声で誰のものかがわかった。
気づくと、私は涙を流していた。
どんな涙か、よくわかっていた。
「やっぱり行くの、やめるか?」
翼は、私が今どんな気持ちでいるのかよくわかっているんだと思う。
翼もこんなふうな怪我を乗り越えて、今ここにいるから。
私はブンブンと首を振った。
「絶対に、行く………………。」
「じゃあ、今泣け。」
そう言って私の隣まで寄ってきて、あたしの身体を包み込んだ。
太陽の光よく浴びたようなシトラスの香りがした。
いつも特別な時に包まれるこの暖かな香りに、今日も涙が溢れた。
お母さんは、そんなあたし達の事を和やかな目でバックミラーから見ていた。


