風になれ




言葉にすれば、全国大会に対する思いが溢れる。





「行きたい……。絶対に行きたい………。

行くための努力をしてきたのに………………なんで、

なん………で、な…の………」






病院では流れることのなかった涙が頬を伝った。






きっと手術をしても、3ヶ月は走れない。

それから全国大会の切符を掴める県大会までは約1ヶ月半。





1ヶ月半で3ヶ月を取り戻すことなんて、





難しいんだ。







自分を悔やんだ。






この大事な時期に走れなくなる自分を悔やんだ。







「涼々…………。」





カランッ…………。







乾いた屋上のコンクリートに松葉杖が落ちる音とともに、


翼のシトラスの匂いがあたしを包み込んだ。







大会で負けた時も

表彰台に乗れた時も

上手く行かなくて八つ当たりした時も






一番最初に私を包むのはこの香りだった。








翼の………、



太陽に育てられた柑橘類の柔らかな香り………。








翼の胸の中でしばらく涙を流した。




私ってこんなに泣けるんだってくらい。









病院で走れないと言われた時、


涙はこれっぽっちも出てこなかった。




誰かの病気を聞いているように、

まるで、他人事のように。





包帯で包まれた右脚を見ても、

何の感情もなかった。






だけどやっぱり、


翼の胸の中だけは特別だった。






溢れだした涙が、




止まらなかった。