「よく来てくれたね。」
ニコッと首をかしげながら笑う涼々が、
俺の斜め後ろの通路に立っていた。
「なん……で、」
「何したのー翼、ここに来たってことは会いに来てくれたってことでしょ?そんなに驚くことないじゃん。」
そういいながら階段を下り、俺の隣に座った。
「なんで来たんだよ。レースは?」
「2時って言ったからもう来てるかと思って、アップ少し早めて探しに来た。」
「そーなんだ………。」
なんて巧みに仕組んでるやつなんだ。
2時に連れてこさせたのはこの為だったのか。
「ごめんね………、待たせたね。」
俺の右手が、涼々の小さな手にギュッと繋がれた。
「見ててね、ちゃんと。」
「あぁ、見てるよ。」
「もう、誰にも心配させない。
今日、新田涼々は完全復活するの。
その瞬間を、翼に見てほしくて、呼んだの。」
涼々は、この舞台をずっと目指していたんだ。
ギュッとさらに強く握られた右手がその思いをビンビン受け取っていた。
「見てるよ。そのために、来たんだから。
行けよ…。そろそろだろ?」
「うん、行くね。」
繋がれていた手はあっけなく離れていったけど、涼々のぬくもりはちゃんと手の中に残っていた。
「お兄ちゃん、陸上は好きか?」
隣に座っていた60歳後半のおじいちゃんに声をかけられた。
俺は、陸上が………
「好きですよ………、大好きです。」
「そーかー。俺もな、若い頃は陸上をしてたんだよ。東京からは遠いんだけどなぁ、青葉高校ってところで。」
青葉高校………。
俺もですよ!って言いたかったけど、おじいちゃんの話を聞いて、それを言うのを躊躇ってしまった。
「今は結構強いらしいけど、俺の頃は本当に弱くてな?陸上も入賞しねぇ、駅伝も県大会に行けねぇ、そんな高校だった。
だけどよ?誰も弱音を吐いたりしなかったんだ。
辛いことばかりだった。
練習したのに記録が出なくて、
出ても周りのやつらには及ばなくて。
だけどな、どんなに悔しくてもみーんな、陸上が好きってのは変わってねぇんだ。
みんな、陸上が大好きで、いつだって本気だったんだ。
あのさっきのお姉ちゃんは、彼女か?」
いきなり会話が変わって焦って
「あ、はい。」
って答えてしまったから、
「俺の大事な彼女です。」
って言い直した。