「・・・少し手狭ですが、生活用品は一式揃っています」
源三は鳩子の荷物を部屋の隅に置くと、窓を開けた。
窓から光が差し、部屋全体が明るくなる。
「今日から、ここが新居ね」
「・・・ええ」
源三は口ごもった。神宮寺邸と比べるまでもない、粗末な部屋だ。

築30年ほどの古びた洋風のアパート2階の一室に鳩子は今日から住むことになった。
金銭的な面と大学からさほど遠くない事を条件にした結果、源三はこの物件を選んだ。

「思ったより良いところね」
鳩子は部屋の中を歩き始めた。外側も洋風だったが、内装もヨーロッパの田舎風になっていた。
海外に留学していた鳩子にとって、つい最近まで住んでいた国に似た雰囲気の部屋は、とても居心地よく感じられた。

間取りはキッチンとリビング、そして部屋が二つ。
この間まで住んでいたフランスのアパルトマンは、もう少し大きくて綺麗だったけれど、ここも悪くはない。

「本当に何から何まで、面倒をかけてしまったみたいね」
鳩子が窓の外を眺めながらポツリと呟いた。
「いえ、そんな事はありません」

(私には源三がついていてくれている)
鳩子は、それだけで一本の蝋燭が灯ったように心が明るくなった。

「源三、もうそろそろ3時だし、お茶でも飲まない?」
「そうですね。そうしましょう」

鳩子が努めて明るく言うので、源三も微笑みながら答えた。

「私ね、紅茶を淹れるのが、とても上手くなったのよ。お隣にイギリス人のお婆さんと親しくなって・・・」
鳩子が留学中の話をしながら、お茶の準備をし始めた。
「それでね、その時」
「お嬢様」
「何?」

鳩子が振り返ると源三が深刻そうな顔をして座っていた。
「旦那様は・・・その」
一瞬、顔が強張り鳩子の手が止まった。しかし、それはほんの一瞬の事で再び手を動かすと、鳩子は何でもない事のように言った。

「まだ向こうにいらっしゃるみたいよ」