「月が、綺麗だな」




少し前を歩く君は、唐突にそんな言葉をつぶやいた。

でも、

「今は…月、出てないよ?」

夜空で輝いていた月は、もう厚い雲の中に隠れてしまっている。




“月が綺麗”

この言葉に、君はどんな意味を込めたのだろう。

ただ単に月が綺麗だから言ったのか、それとも……

なーんて、あるわけないか。

まだ小さい頃に読んだ本の中で、「月が綺麗ですね」は「愛してる」を意味しているという描写があった。

私はその本が大好きで、毎日読んでいたなあ。

そういえば、本を読まない君に押し付けて、無理やり読ませてたっけ。




君は何も言わない。

私も何も言わない。

辺りには何もなくて、ただ、私たちの足音だけが虚しく響く。




ああ、もうすぐ、家に着いてしまう。




まだ家に帰りたくない。

この時間がずっと続けばいいのに。

そんなことを考えながら、少し前を歩く君を見つめる。

君は今、何を考えているの?

君は手を伸ばせば届く距離にいるのに

その距離が、もどかしい。




「あのさ」

また唐突に君はつぶやく。

「月が…綺麗ですね」

振り向いた君の顔は、真っ赤に染まっていて。

いつの間にか雲から出てきた月は、辺りを明るく照らしていて。

ただのありふれた田んぼ道なのに、なんて綺麗な景色なんだろうと、心の底から思った。

「覚えてたんだ…」

「ま、まぁな…

……で、返事、は?」

そんなの、もちろん

「遠回りして帰ろう!」

ひとつに決まってる。




そう言って、私は君の元へ駆け寄った。