ハルとオオカミ



――ああ、落ちる。 落ちてしまう。


きっと落ちたら抜け出せない。私はこの目を逸らせない。彼の瞳に惹かれている私は、この視線から逃げることができない。


落ちたら、終わり。

この瞳に囚われて、夢中になって、自惚れて、手に入れたくなって。



――『あんたじゃ真央は無理だよ』



瞬間、残酷な言葉が頭をよぎった。トン、と彼の胸を柔く押し返す。

彼が驚いた表情をしたのがわかったけど、そのまま俯いて彼の瞳から逃れた。



「……は、早くシャワー浴びてきてください。風邪引いちゃう、から……」



私の声は弱々しかった。五十嵐くんは少しのあいだ黙っていたけど、やがて「……そーだな」と言って、私から手を離した。



「……やりすぎた。嫌な思いさせてごめん」



その声は、さっきより冷たくて、少しだけ寂しそうで。


彼の足がドアの方へ向かい、パタン、と静かにドアが閉まる。


私はしばらく呆然と床を見つめていたけど、やがて視界がじんわりとにじみ、足元が歪んだ。