落ち着いたところで、今更だけど、と言いながら自己紹介した。



社長の名前は花京院 篤人(かきょういん あつと)32歳。
大学在学中に友人たちと起業した会社がみるみる成長し、今や一部上場企業になった。
実家は公家の末裔という由緒正しいお家柄で(と、偉そうにおっさんが説明)、不動産を中心にいくつかの会社を経営。社長は本家の長男だそう。
曾祖母や祖父のあたりにイギリスとスペインの血が入っているそうで、幼い頃から美幼児、美少年だったらしい。
なのでモテた。異様にモテた。生活上困るくらいに。
しかも寄せられる想いの中には、重かったり、度を越したりするものが多かった。
小学生のころから女に追われ色仕掛けされ、中学からは男子校に進学したが余計に危険な目にあい、それを躱すために護身術を習ったそうだ。

なんか…お気の毒でしたねとしか言いようがない。モテすぎるのも大変そうだ。


「持って生まれた体質やな。こいつ、人の想いを惹きつけやすいんや。仕事には良い縁をぎょうさん引き寄せて会社も立派になったけど、色事はあんまようないなあ。最初は良い子や思うても、驕ってきたりきっつい嫉妬するようなって、しまいにはストーカーになる女が多いんや」

子孫の篤人さんがこのままでは危ないと1年ほど前に、ご先祖様であるおっさんが守護霊として降りてきたものの、そこはご先祖様。いつまでも地上にいるわけにもいかず困っていたそうだ。


「そこであんたや。合縁奇縁いうし、よろしゅう頼むわ」

「いや、よろしゅうって何をどうよろしくしろと」

胡散臭い笑顔のおっさんに嫌な予感しかしない。
警戒する私に社長は苦笑いしている。


「さっき、君が浄化してくれたあの黒い靄。あれは俺に纏わりつく他人の負のエネルギーの塊だったんだ」

あの雲のような塊は、社長に靄が取り憑かないよう、おっさんが処理してくれていたらしい。
おっさんは守ってはくれるが、黒い靄を消す力はなく、小さく固めて周囲に浮かべるのが限界で、多少は社長に影響があるそうだ。

「だから驚いた。俺自身、じいさんが俺に触れていないと黒い靄は視えない。なのに、君はじいさんが視えて、黒い靄が視えて、しかも消すことができる」

「いや、それは偶々というか…」

「そう、偶然にも君は能力者で、俺はその能力が必要。さっき黒い靄は消してもらってすごく体が軽くなった。でもまた新たに引きつけるのは分かってる。もちろんタダとは言わない。報酬は十分に払う」


報酬。
うーん、お金はありがたいけど。先行き不透明な派遣社員の身だし。
人助けにはなるみたいだし兼業バイトと考えればいいのかもしれないけど、あの黒い靄、やばそうだしなあ。
負のエネルギーなんて吸い込んだら体に良くなさそう。怠くなるし。


「おっさん。あの負のエネルギーって吸い込むと私の寿命が縮まるとか危ないことある?」


おっさんは「ジョニー様やボケ」と前置きしてから少し考えるように首を傾げてたけど


「いや、みたところお前、あれや。空気清浄機とか除湿器と一緒や。だから負の気吸っても大丈夫や」


…空気清浄機か除湿器。
なんかかっこ悪い。
悪い気を吸い込む能力ってそんなもん?巫女とかシャーマンとか、選ばれた人間の特殊な技とかじゃないの?漫画とか映画とかじゃ輝いているヒロインじゃないの!?
微妙な顔になった私に、おっさんは何を思ったのか励ますように肩を叩いた。

「自分、高機能やで!負の気、吸い込んで浄化した後は水とカスに排泄できるんや。そんでトイレに流せる」

「嬉しくないわそんな機能!」


年頃の乙女にカスをトイレに流すとか!
食事中でしかもイケメン社長様の前で何を言うこのおっさん!