「そんなことしてません」

「星野は君から、秘書室長のパソコンからあのファイルに接続できることとパスコードを教えてもらったと言っている。どこでどうやって知った」

「そんなこと…知りません。星野くんに何か教えた覚えもないしファイルもパスコードも知りません!」



本当にそんなことは知らない。
雪乃さんから、特定の人のパソコンからしかアクセスできないとは聞いたけど、それもついさっき教えてもらったばかりだ。
星野くんは噓をついている。どうして?


「星野くん」

強く呼び掛けると、ぴくりと体を震わせた後、のろのろと顔を上げた。

冷たい、死んだように表情のない、目。


「まどかちゃんが悪いんじゃないか」


星野くんの背後から、黒い靄がぶわりと湧いている。
黒い、黒い負の煙。
恨みや妬みの悪い感情が、渦を巻いている。
ああ…これは。
星野くんがどうして。


「君が誘ったんだろ。この情報を売れば、そのお金で旅行でも買い物でもいっぱいできるねって」


どうしてそんな嘘を。

顔を歪めて嗤う星野くんは、あの優しい青年ではなかった。
黒い靄に心を支配されてしまっている。
吸い取ろうとして手を伸ばしたら、身を躱された。
その仕草が親しい関係に映ったらしく、重役たちにはますます疑われた。


「恋人を唆し、情報を盗んで他社へ売った」


気が付けば、そんなとんでもないことになっていた。

違うのに。私はそんなことしていない。
私の恋人は、そこにいる社長…篤人さんなのに。


篤人さんは何も言ってくれなかった。
感情がまるでないみたいな声で、私と星野くんにいくつかの質問をしただけ。
重役たちの前でいくら違うと訴えても聞く耳は持ってもらえず、星野くんは黙ったままだった。


私と星野くんは、そのうち警察からの事情聴取も入るだろうと言われ、疑いが晴れるまで自宅謹慎を言い渡された。