頬や額に落ちる温かさと小さな音で目が覚めた。
眠い。起きたくない。
胸の上がちょっと重いけど、あったかくて気持ちがいい。

「まどか」

砂糖みたいに甘い声で呼ばれる自分の名前。すごい恥ずかしいけど嬉しい。
えへへと締まりのない顔で笑ってしまう。
頬や髪に繰り返し触れてくる感触が心地よくて、微睡の海にまた沈んでいく。

「まどか、もう起きて」

いやだ。眠い。ここは気持ちがいい。
疲れてるからもうちょっと寝かせて。


「起きないなら襲うよ」

ん?おそう?
胸を揉まれる感触にぼんやりした意識が少しずつ浮上してきた。

重い瞼をようやく開けると、琥珀がかった茶色い瞳がすぐそこにあった。
唇が嬉しそうに弧を描いたかと思うと、私の唇に降りてきて、ちゅっと小さな音を立てる。
唇はそのまま首と鎖骨と降りていき、胸の上部から聞こえたリップ音と意図を持ち出した指先に、ようやく目が覚めた。

「…社長」

「違う。昨夜なんども教えただろ。役職で呼んだらお仕置きするって」

「え、ひゃ…っちょっとどこ触っ待っ…!んっ…篤人さん!」


このまま流されて…ってダメでしょもう明るいしっ…!

ばたばた手足を動かしたら、「大人しくする!」と怒られた。


「まどか。今日は土曜日で俺たちは恋人同士。それに俺は全然足りてない」


ようやく動きを止めて上げた顔が超絶色っぽい。朝からこんな顔しちゃだめでしょ。鼻血出そう。


「昨夜、寝落ちするからだろ」

「…寝落ちって。気がついたらっていうか気を失って…っ」


蘇る昨夜の記憶に顔が一気に熱くなる。そうだ昨日「好き」って言われて。
社長のマンションに連れてこられてそのままベッドになだれ込んで…うわあ…。ものすごく恥ずかしくなって手繰り寄せたシーツで前を隠す。もちろん素っ裸。


「そうだな。俺が寝かさなかったからな。まどかは何度も何度も」

「うわあああああ!言わないでやめてお願い!」


慌ててエロい口を塞いだら、指を食んでくるからタチが悪い。
からかわないで、と抗議しようとしたら射るような視線に絡めとられそうになって、私は何も言えなくなる。
もうこんな。
好きな人からこんなに欲しいって顔されたら私。


「篤人さん…」



再びベッドに押し倒されて首に手を回した途端、ごんごんドアを蹴る音とともに「お前らいつまで盛っとるんじゃ!はよ飯食わせろ!」とおっさんの怒鳴り声がした。


気持ちが通じ合って迎えた、恥ずかしいけど嬉しい朝。

その日から私は社長…篤人さんの家に住むことになった。

気持ちが通じたのだから、別に暮らすなんて意味がないとかなり強引に説き伏せられて、会社に行っている間に私の荷物は篤人さんのマンションに運び込まれ、アパートは引き払われていた。
さすが、できる男は仕事も早い。
行動が早すぎて文句も言えないくらいだった。良いように丸め込まれている自覚はあるんだけど。

そうやって嬉しいけど恥ずかしいような同棲が始まって。

仕事でもプライベートでも一緒って嫌になることもあるんじゃないかと思ったけど、全然そんなことなくて。
嫉妬や独占欲で感情が拗れることも歪むこともなく、お互いに真っ直ぐ向き合えた。
どうしよう。幸せすぎる。信じられない。夢みたい。


ますます好き。

このままずっと一緒にいたい。

ふわふわした気分はどこまでも私を甘やかしていて、油断していた。



その後の事件を思えば、私は、浮かれている場合じゃなかったのだ。