あの、黒い地縛霊からだ。


「や……めろ…こいつに…手を…貸すな…ぁ…!」


次の声が聞こえてきた瞬間、渡社長の背中から飛び出した背後霊が社長とおっさんに襲い掛かってきた。

「うわぁ!やめんか!」

「ぐ…っ」


墨を流したような真っ黒な塊が、社長とおっさんに覆いかぶさっている。
もがいて暴れる2人を前にパニクっていると、おっさんが「はがせ!」と言ってきた。


「はがせ?剥ぐの?」

「早うせい!こいつ首、オエ、絞めよんねん!」

守護霊の首を地縛霊が、というややこしい状況にビビりつつ、言われるがまま黒い塊を引っ張った。

「うわ!」

冷たい!氷を触っているような冷たさに一瞬手を離してしまった。

「…軍手か手袋欲しい」

「まどか!つべこべ言わんと剥がせ!」

おっさんの怒鳴り声が飛んできて、私は慌てて袖を伸ばし黒い地縛霊を掴んでもう一回剥ぎにかかる。
べり、という粘質な感触はグミみたいだった。
冷えすぎたグミ。
コーラグミの色をもっと黒くした感じと言えばいいだろうか。キンキンに冷やしたあれが体にくっついている感じだ。そんなことをしたことないけど。

「やめ…い…」

「いや、止めて欲しいのはこっちだから!剥がれてってば!渡社長のとこに戻りなさいよっ」

「やめろ…あいつを…助け…るな」

「助ける?あいつって渡社長のこと?」


ふと横を見ると、背中にくっついていた霊が飛び出して抜け殻になった渡社長は白目を剝いて仰向けに倒れていた。
そしてふと気づけば、私、地縛霊としゃべっている…!ホラー!


「花京院社長は渡社長を助けたりしないよ。あんた話を聞いてなかったの?渡社長が一方的にうちの社長にアホな提案をしてきただけで、うちの社長は助けるなんて一言も言ってないよ」


だから取り合えず、離れて!と思いっきり引っ張ったら。
べりべりべりと音を立てて、グミ状の地縛霊が社長たちから剥がれた。

社長とおっさんは地縛霊の圧迫で窒息しそうになってたみたいで、解放されると床に座り込んだまま、荒い呼吸を繰り返していた。

「夏目…地縛霊がどうして渡さんに憑いているのか聞いてくれ…」

げほ、と咳込みながらの社長の指示に地縛霊に聞いてみると。


「この男…汚した。われの土地を…許せ、ぬ…許せぬ…返せ…土…」

「汚した?土?土地?」

何の話だ?
首をひねっていると、社長が何と言っているのか聞いてきた。どうやら社長には地縛霊の声が聞こえないらしい。
地縛霊の言った言葉をそのまま伝えると思案顔になり、テーブルの上にあったタブレットと資料を手にして何かを調べ始めた。