あの人が手に持つそれが、気に食わなかった。
自分の手にないことが、ひどくもどかしかった。

「なあ」

その卒業証書、俺によこせよ。






式も佳境に入り、卒業生退場。

すすり泣きが響く中、俺は、たった一人の背中を見つめていた。
時折震え、うつむく姿から、ああ、泣いてんだなって思った。

関わってもいない先輩とやらを、なんで下級生ってだけで見送らなければいけないのか。

去年までは、そう思って卒業式の席に座ることはなかったのに。

「不良の風見くん参加するなんて、めずらしくない?」
「ねー、式壊すつもりだったりして。」

ひと睨みするだけで女どもは大人しくなった。
聞こえてねーとでも思ったか。


赤い髪に着崩した制服は、確実に厳正な式の中で悪目立ちしている自覚はある。
それでもここに黙って座ってるのは。


『わたし、県外の大学行くことにしたの。』


あんたの最後の姿をこの目に焼き付けておきたいと、思ったからなんだよ。