「屋上立ち入り禁止だからここまでしかこれない…と、思った?」


彼はそう言ってポケットから鍵を取り出し、屋上への扉の鍵穴に差し込んだ。


カチャ–––


無情にも扉は開き、私は屋上に引きずり出された。

そして彼は扉の鍵を閉めて、鍵をポケットにしまった。


「なんで…持って…」


「ちょっと、職員室から拝借した…そんなことはどうでもいい」


彼は、まっすぐ私を見た。

その目はとても怖くて、逃げ出したくなった。けど、扉は鍵がないと開かないようになっていた。


「俺の名前は、…藤内光澄(ふじないこうすみ)って言ったら…どうする?」


「藤内…光澄?」


その名は…義高を殺した人の名。


「覚えがあるようだね…大姫様」


ビクッと体が震えた。怖い。


「探したよ…前世、君は俺になびかなかった」


そう。

藤内光澄は大姫のことを愛した。

しかし、大姫は義高にしか興味がなく、藤内は義高を恨んだ。

頼朝に義高討伐を命ぜられたとき、彼は運命を感じた–––


義高を目の前で喪い、憔悴しきった大姫に、鎌倉へ帰る馬車で彼はそんなことを話した。

そして、義高はいなくなったのに自分を見ない大姫に腹を立て、藤内は大姫に乱暴をした。

その行為が傷ついた大姫をさらに傷つけ、大姫から声を奪ったのだ。


「君の声が聞けて嬉しいよ」


そう言ってニヤッと笑う彼が、とても恐ろしい。


声を奪ったのは、あなたでしょう。


そう言いたいのに、言ったら何をされるかと思うと、言えなかった。


「今更…私に、何の用ですか?用がないなら、帰らせてください」


震える体を必死で抑えつける。

そうでもしないと、彼に震えていることがばれてしまう。


「ねぇ、大姫…そんなに俺のこと嫌い?」


「…嫌い」


そう答えると、彼はクスッと笑った。


「前世に縛られないでよ」


「あなたのほうが…縛られている。新しい、あなたのそばにいてくれる女性を探せばいいじゃない…」


「失礼な。俺は現世で君に、現世の俺が君に一目惚れしたんだよ?」


「じゃあ…現世の私として…水野美羽として、お断りします。私には、好きな人がいるので」


そうはっきり言って、…後悔した。

彼の穏和な顔が一気に恐ろしい表情になった。


「君は、また俺に応えないのか」


ゆっくり近づいてくる彼が、とても恐ろしい。

体の震えは、止まらない。


「前みたいに、彼を殺せばいいのかな?」


「なにを…する気なの」


「もちろん、君の想い人を殺す気」


さらっとそう言った彼が、とても恐ろしい。


「やめて…絶対、それだけは…」


その時。


ガチャッ…


屋上の扉が開いた。