『大姫。あなたの、婚約者です』


『はじめまして…』


『初めまして。源義高と申します』


『よしたか?』


『はい。義高と、お呼びください』


『大姫。こちらの方は、源義仲の子です。あなたの5歳上です。仲良くしなさいね』


『はい。お母様』





1183年3月、源頼朝と源義仲(木曽義仲)が武力衝突した。しかし、義仲が11歳になった長男源義高を鎌倉に人質として差し出すことで和議が成立した。

義高は幼馴染の海野小太郎とともに、頼朝の6歳になった娘の大姫の婚約者という名目で鎌倉に送られてきた。





『義高、義高!』


『大姫!どうした?』


『義高にね、会いたくなったの』





田舎から出てきた聡明な少年義高の存在は、『鎌倉殿の娘』として友達が一人もいなかった大姫の心に太陽を照らした。2人は幼いながらも非常に仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。

2人の心にはいつの間にか、ただの幼馴染や友達といった感情でなく、もっと別の感情が芽生えていた。





『義高…』


『ん?』


『私、義高のことが好き』


『僕もだよ?』


『本当に?女の子として?』


『…うん。女の子として、僕は大姫のことが好き』


『本当に?』


『もちろん。僕でよければ…将来、結婚しよう』


『…はい』





しかし、その幸せは長くは続かなかった。





『義仲が?!それは真か?!』


『御意。そして後白河上皇から、彼を討てという命令がきております』


『…後白河上皇からの命令か…断れぬな…。しかし、義仲は義高の実の父だ』


『義高様は、鎌倉殿の敵となり得りますゆえ…』


『そう…だな』





義仲は京に攻め上がったが、自分の配下を統治できず、京の治安を混乱させた。

これによって後白河上皇の怒りを買い、上皇は頼朝に義仲討伐を命じた。

そして1184年、義仲は亡くなった。



1183年に立てた和議が破談となり、実父の義仲を倒した以上、頼朝にとって義高の存在は「長らえば自らの命を狙いかねない危険なもの」でしかなくなってしまう。

当然、頼朝は義高も殺そうとする。



しかし、頼朝の妻の北条政子がそれに反対した。

政子は、大姫が義高になついており、そして大姫が義高に抱いている気持ちがただの幼馴染や友達といったものではないことに気がついていたからだ。





『…大姫は、義高のことを愛しておる。しかし、頼朝の様子では、大姫は義高と結ばれまい…。夫は野心が強いゆえ、大姫はきっと夫に利用され、幸せになれぬであろ…しかし、わたくしは娘にそんな思いはさせとうない…義高と大姫を、逃さねば』





政子は、頼朝の様子では2人は結ばれず、大姫は大きな野望を持つ頼朝に利用されて行きたくないところに嫁がされて不幸になってしまうだろうと思った。

しかし、政子にとって娘が不幸になることは耐えられない。

そこで、義高と大姫を鎌倉から逃すことにした。



政子は義高と大姫を女房に仕立て上げた。そして海野小太郎を義高に仕立て上げ、小太郎を義高の部屋に入れた。

女房に仕立て上げた義高と大姫、そして信頼できる女房を連れて鎌倉から往復2ヶ月もかかる宮にお参りに行った。


そしてその帰り、義高に路銀を握らせて義高と大姫を逃し、女を2人雇って女房にし、鎌倉へ帰った。


鎌倉へ帰ってすぐに、政子は小太郎に感謝の気持ちを述べて義高の影武者をやめさせた。

そして海野小太郎を実家への使者として使う旨を頼朝に話して許可を取り、そのまま小太郎を鎌倉から逃した。





『さぁ、お逃げ』


『おかあさま…』


『大姫!早くお逃げ』


『政子様…』


『義高。これは路銀じゃ…大姫を、幸せにしておくれ…約束じゃ』


『…はい。必ず』





その後、頼朝は義高と大姫がいなくなったことを知り、追っ手をかけた。





『すみません…ここに、泊めてください』


『おや、まぁ!こんな時間に…どうしたんだい?』


『行く場所がなくて…』


『そうかい…行く場所がないなら、ここにいるかい?』


『え…いいのですか?』


『いいよ、好きなだけいて…わしらはな、子供ができなかったんじゃ。お前達のような子がいてくれると、わしらも嬉しい』


『あ…ありがとうございます…!』





義高と大姫は、鎌倉からとても離れたところにある農家で匿ってもらっていた。

年老いた夫婦は2人のことを実の子として可愛がり、2人はそこで幸せな3年を過ごした。





『義高…大変。町で聞いたんだけど、お父様の追っ手がきてるみたいよ』


『そう、か…出て行かないといけないな…』


『ここにきて、3年ね…』


『3年、大姫と幸せに過ごせてよかった。おじいさん達に迷惑をかけるわけにはいかない…ここを、出よう…』





義高が15歳、大姫が9歳になった年のある日、大姫はおつかいに行った先の町で、源頼朝の追っ手がすぐそばまで迫っていることを知った。

世話になった老夫婦にまで迷惑をかけるわけにはいかないと思った2人は、その晩家を出て走って逃げた。





『雨…ひど…!』


『大丈夫か?!頑張れ…!』


『うんっ…急がなきゃ…!』


大雨の中、2人が走っている。


『大姫!』


彼は、彼女を突き飛ばした。

彼女は身近に迫っていたかなりの勢いで走ってきている馬車に気づいていなかった。

彼は、彼女を救えたことに安心していて、ほっとした顔をしていて–––


『義高…!』


彼女の上げた悲鳴と同時に、彼は馬車にはねられた。


彼は、地面に叩きつけられた。

彼女は彼に駆け寄ろうとした。


『大姫…、…逃げろ』


彼は血と泥にまみれた体を動かし、刀を支えに立ち上がった。


彼の前に、彼をひいた馬車から降りてきた、剥き身の刀を持った彼と同じくらいの歳の男が立っていた。


『お久しぶりです、義高様』


男はそう言って刀を振り上げ、

彼に向けて振り下ろして…


『義高ぁ!』