「結婚か。まさか、自分の正体も知らなかった私がこの国の国母になるなんて思わなかったなぁ」

 ヴィクセンがいなくなって一人きりとなった室内。一人でいるには心細くなるほどその部屋は広い。

 壁は石灰や漆喰で一点の汚れなく美しく、自分の足元、大層な絨毯の下に広がる大理石は心なしか冷たく感じた。

―そしてこの宝石……

 指に、首に取り付けられたアクセサリー。自分が望んだわけでもこれから夫となる男から与えられたわけではない。国の重要人物として体面に関わるからと様々な未婚夫の側近から与えられたものだった。

「確かに、綺麗なんだけど……」

 そうしてルーテシアは思い出す。かつて身を置いていた蜘蛛の巣が張られた雨漏りの酷い木材建築の山小屋の事を。年輪が見えるその壁は温かみがあり、床には熊だの鹿だのの毛皮が敷かれていたことを。雨が降って、外に遊びに行けなかった時には雨漏りにやられ雑巾の匂いを放つ毛皮を避けて座り、綺麗な石や磨いた獣の骨で装飾品を作っていたこともあった。

 そして、その隣にはいつだって……