「分かった。すぐ行くと頭領に伝えてくれ。お前たち! 今日の組手はここまでな!」

「兄さん……行っちゃうの?」

「おう! ライナ、しょうがねぇけど……ルーテシアの子守は任せた」

 そう言って笑いながら彼女の頭にその手を乗せたカルバドス。死角の位置、だから彼女も気付かなかった。そんな幼馴染が笑顔を浮かべつつ、彼女に触れようとしたその時、そこに少しの戸惑いが有った事に。

「チョット、子ども扱いしないでよ!」

 だがそんな事を知る由もないルーテシアは鬱陶しそうにこれを振り払う。

「ガッハハ、ちげぇねぇ! んじゃあな」

 その言葉に苦笑いを浮かべながらうなづくカルバドス。そうして、これまでと全く変わらないお気楽そうな彼の背中を見つめながら、ルーテシアは額に手を、溜息をついた。

「あんなのが、次の頭領だなんて……」

「そう? お姉ちゃんは気づかなかった?」

「え? 気づかない? 何が?」

 そんな時だ。口を開いたライナの一言にルーテシアが眉を顰めたのは。

「……お姉ちゃんが、最後の一線なんだよ。だから、変わらないでいられる。それに……今の兄さんを知ってしまったらきっとお姉ちゃんは……」

「え?」

「……うん、ゴメン。何でもないんだ」

 容量を得ないライナの言葉。しかしこれを濁し、その追求すらさせようとしないライナの態度はルーテシアには消化不良を引き起こす。

「えっと……」

 いや、それはもしかしたらライナのせいですらなかったのかもしれない。彼女にとってのカルバドスという青年は単純で大馬鹿で、分かりやすい。彼女にとって最も安心できる一番お互いを良く知る”少年”だったのだ。

 元服を控え、来るべき”大人”を受け入れる準備が出来ていながらも、変わってしまう周囲を受け止める所に意識が回っていなかった彼女が、無意識的にカルバドスの”知っている顔”しか見ないようにしていたのかもしれなかった。