朱に染まる眼前。これは比喩では無い。

 火柱は留まる事を知らず、十数名の男達と、そんな彼らに守られるように囲まれている、白い髪の小さな少女を抱き抱える、やはり白い髪を持つ女に対して、全身血に塗れた体格の良い髭面の男が何かを吠えていた。

“私で無くて良い。嫁いだ時から夫と自分の喪に伏している”

“奥様! しっかりなさいませい!”

 そのなかで嫌に耳に残るのは、気丈に声を上げる女と、気持ちを焦らせる男の怒声。

 少女はショックと恐怖の余り言葉を発することが出来ない。

 抱かれた少女の服には、血に濡れた女の手形が付いているし、何よりその少女の母親たらんとする女の白い髪も、ここに至るまでに吸ってきた血で所々赤黒い色が差していた。

 だがそれでなお少女が泣き叫ばないのは、彼女を抱く女が、そんな状況下にあっても優しい眼差しを女の子に落としているからだろう。

“愛しい、私達のルーテシア。アナタが生きてさえいれば、それで良い”

 涙を堪え笑う女のその面立ちはとても印象深い。

“可愛い子。道標という血のもとに生まれなければ……こんな私達を許してね”

 そこまで言った女、いつしかその面持ちには決意が現れていた。

“今この時を以て、私が当主代行として発令します”

 まるで絹の河に、極彩色の大華が流れているか如くの長い髪を翻し、女は凛とした声で言い放つ。
 少女はその女が何を話したかは覚えていない。

 吹っ切れたような笑みを浮かべる女、諦めた様に愉しそうに笑い始めた行動を共にする男達。

 唯一人、その中で歯を食いしばり涙を流すのは先程女に吠えた髭面の男だった。

 そして、彼等は行動を開始する。

 女は男達と共に剣を抜き、髭面の男は女の娘、白い髪の女の子を抱き抱えると、来た道を戻って行った女達一同の背に深々と頭を下げその場を駆けていった。

“行きましょうぞルーテシア様。貴女は私が守る故”

 これは物心つく前からルーテシアが見続けてきた夢。

 光景に身に覚えの無い彼女が苛まれ続けた悪夢。