一番近くて 手の届かない君へ

壁時計を見るともうじき10時になろうとしていた。


俺が欠伸をすると、ドアの閉まる音が聞こえた。


そして廊下を歩く足音。


俺は上体を起こしてリビングのドアを見るとスーツを着たまなみが入ってきた。



「おはようございま、まなみさん」


と言うと、日光に照らされたまなみは目を細めて


「おはおう、亮君」


とはにかんだように笑った。


薄化粧を施したまなみは清楚で美しかった。


俺は立ち上がって


「コーヒー入れますね。あー、紅茶がいいですか?」


と聞くと


「ありがとう、コーヒーでいいわ」


とまなみは答えてソファに座った。


俺はコーヒーメーカーをセットして


「まなみさんお腹空いてませんか?


 高級冷凍食品ならありますよ」


と聞くと、まなみはキッチンにやってきた。


俺は大きな冷蔵庫の冷凍庫を開けて見せた。


まなみは覗き込んで


「わあ、ほんとに高そう。普通の冷凍食品とは全然違うわね」


と感心したように言った。


「どれか食べたいものありますか?」


と聞くと


「じゃあ、このフカヒレスープにする」


とまなみは興味深そうに答えた。


「わかりました。すぐチンしますね」


と俺はフカヒレスープを電子レンジに入れてスイッチを押した。


まなみはダイニングテーブルに座って


「亮君はよくここへ来るの?」


と聞いてきた。


「いいえ、たまーにです」


と俺は答えた。


「あの、亮君は、そのう・・」


とまなみは言いにくそうに下を向いた。


俺はまなみが何を言いたいのかなんとなくわかった。


「大事なゲストを呼ぶ時とか、場を盛り上げる時とかに呼ばれるだけです。


 まあ、給仕係ですかね?」


と答えた。


(風俗に入るときの講習みたいな事やった事は・・ない)


と言った方がいいのか迷ったけどやめた。


カチッと音がしてコーヒーが出来た。


俺はまなみの前にコーヒーとミルクと砂糖を置いた。


「ありがとう」


とまなみは答えてコーヒーにミルクを入れた。


俺はキッチンに立ったままコーヒーを飲んだ。


電子レンジがクルクル回るのを見ていた。


まなみの体を思い出しながら。


チンと音がしてレンジが止まった。


俺はフカヒレスープをお皿に入れ、ナイフとスプーンを持って


ダインイングテーブルの上に置いた。


ほかほか湯気が立ちいかにも美味しそうだ。


「ありがとう。亮君は食べないの?」


とまなみはフカヒレスープをまじまじ見ながら聞いた。


俺はコーヒーカップを持ったまま


「俺は朝は食べないんです。


 コーヒーと煙草だけ。


 ゆっくり味わって下さい。フカヒレ」


と笑顔で答えてリビングへ戻った。


そしてソファに座り煙草に火をつけた。


煙をはきながらまなみを見た。


「うん、美味しいわ。私フカヒレなんて食べるの初めてなの」


とまなみはこっちに顔を向けて零れそうな笑顔で言った。


「それは良かったです」


と俺も笑顔で答えた。



煙草を一本吸い終わる頃にはまなみはきれいにたいらげてお皿をかたそうとした。


俺は慌てて起ち上げって


「まなみさん、俺がやりますから」


とキッチンへ行った。


「え、でも・・」


と困った顔をするまなみに


「大事なゲストに洗い物なんかさせたら俺がオーナーに怒られます」


と言ってお皿を持った。


「私が大事なゲスト・・?」


とまなみは俺を見上げた。


その瞳は揺れていた。


俺はお皿をシンクの中に置いて


「コーヒー飲んでください」


と空いたまなみのカップにコーヒーを注いだ。


「ありがとう・・」


とまなみは目を伏せてコーヒーにミルクを入れてリビングへと行った。


俺はお皿を洗ってから


「俺も着替えてきます」


と言ってリビングを出た。



(なんだか 放っておけない女・・)



と思った。