その話は、目の前にいる記憶を失った亜希の話だ。


「何だよ? マジな顔して」


「お前さ……誰かに訊かれてないか?」


「訊かれる? 何を」


「亜希のこと」


「は? いや、意味がわかんねぇけど。何それ」



良平は何も知らないようだ。



俺が訊かれたこと……。



それは、亜希の精神状態が大丈夫なのか……ということだった。



訊いてきたのは、同じ授業をとってる中島って奴。


中島は亜希とは何の接点もない。


聞けば、噂だと言う。


大学では、一部でそんな噂が広まっているらしい。



「亜希が……どうしたって?」



俺らの空気を察してか、亜希の顔は不安そうな面持ちへと変化していく。



「亜希の精神状態がどうとかって、そういう話、訊かれたんだよ。大学で」


「はっ?! 何だよそれ」


「噂らしい……見た奴がいるんだってよ」


「見た? 何だよ、ちゃんと話せよ」


良平は落ち着きなく追求してくる。


「この病院に親が入院してる奴がいるらしくて、それで見掛けたとかって話。もしかしたら、亜希に話し掛けたのかもしれない。それで、確信なしでそういう話題になった……とか」



そこまで説明すると、良平は黙って視線を泳がせた。


かなり驚いてる様子だった。



「……で、お前何て言ったわけ?」


「車で事故ったから、入院してるって言った」


「記憶ないことは?」