この手を放したら、スルッと亜希が本当に離れていく気がした。



「お願い……放して」


「だから、放せないって」


「苦しいのっ!」



声を荒げて言った亜希のその一言で、俺はなぜか無意識に手を放していた。



「……大丈夫だから。亜希、ちゃんと帰れるから」



そんな言葉を残し、亜希はとぼとぼと前を歩いていく。


一歩ずつ遠ざかる背中。



今ならまだ……


引き止められる……。



言い訳みたいに、ごちゃごちゃ何かを言わなくてもいいのかもしれない。


引き止めて、黙って抱き締めるだけ。


それだけで、あんな作り笑い消し去れるのかもしれない。



でも、俺はその場に佇んだ。


追い掛けることも、声を上げることも、何もできない。



どうしてだか、できなかった。





亜希が帰っていく姿を、俺は距離を置いて見守った。


守護霊みたいな気持ちだったけど、下手したらストーカーに見える感じだったかもしれない。



家の門を入るまで見届けたとき、俺は完全に冷たく濡れた世界の一部になっていた。


そのときやっと、寒いってことに気が付いた。