「あのね……亜希と、交換日記してほしいの」
「交換日記?」
思わず声に出した俺に、亜希は『しー!』と口の前に人差し指を立て、キョロキョロと辺りを見渡した。
おばさんも含めて三人しかないリビングなのに、かなり慎重……。
「聞こえちゃうよ!」
「あっ、ごめん」
夕飯の支度を始めたおばさんが、キッチンの奥からクスクス笑っているのが見えた。
「字のお勉強、付き合ってあげてくれる?」
話の邪魔にならないよう、おばさんは小声でそう言った。
「ねぇ、だめ?」
ねだるような口調で亜希は返事を求めてくる。
これでもし、「嫌だ」なんて言ったら、亜希はどんな顔をするだろう?
物凄く悲しい顔になったり、もしかしたら泣いたりするのかもしれない。
少しだけ見たい気もする。
……なんて、俺のささやかな意地悪心が蠢いた。
「いいよ」
「ほんと?! やったぁ!」
了解の返事を聞くと、亜希はわかりやすいくらいに喜びを表現し、ノートを出して来て渡すのだった。
「じゃあ、最初は秀くんからね」
「え、亜希からじゃないの?」
「亜希は、二番目がいいのー」
交換日記……。
中学のとき女子たちの間で流行ってたアレ、か……。
なんて思う。
「秘密だよ?」
亜希はまた小声になってそう言った。
「秘密?」
「うん、秘密! 亜希と、秀くんだけ」
「……良平、にも?」
「うん。そうだよー!」
……何を書けばいいんだろ?
そんなことを考えながら、俺は亜希との“秘密”を作ったのだった。