ホテルを出て澪ちゃん達と別れると、私の生まれ育った家に向かった。高校を卒業してから、一度も帰って来ていない家。
この家は私にとって、悲しい事や辛い思い出の方が多い。でも、父の思いを知ってるせいだろう、とても懐かしく思える。
あの頃と何も変わらず、庭も綺麗に手入れされている。幼い頃父と乗った木製のブランコが今も残っていた。
流石にもう乗れないだろうと思いながらも、恐る恐る腰掛けると、隼翔がそっと押してくれた。
あれ…大丈夫…
まだ乗れた…
「これは流石に蒼海が乗ったブランコじゃない。蒼海が遊んでた物は、あの女が処分したからな」
あっそっか…
和也がボール遊びするのに邪魔だと言って、あの女が処分したんだった
じゃどうして?
「お義父さんが同じ物を作らせたんだよ」
「どうして?もう乗るような子供も居ないのに」
「このブランコは、お義父さんにとっても、特別なんだそうだ。蒼海がまだお義母さんのお腹にいる時、お義母さんは、いつもこれと同じブランコに乗って、お腹の中の蒼海に話していたそうだ」
そうなんだ…
目を閉じると、ブランコに乗りお腹に手を添え、微笑んでる女の人の姿が浮かぶ。彼女は、まるで子供を優しく撫でる様にお腹を擦り、歌を歌ってる。
あ…
優しい歌声
わたし…知ってる
母は私を産むと直ぐを息を引き取ったそうだ。だから、私は母の声を聞いていない筈。でも、優しい歌声を聞いた気がする。
ううん、確かに聞いた
ママの優しい歌声覚えてる
ママがいつも話してくれていた
『あなたは私達の宝物。愛してるわ』
ママ…
「蒼海?」
「隼翔、私…ママに会えた… ママが私を宝物だって言ってくれてた… パパとママの大切な宝物だって」
隼翔が私の頬に伝う涙を、優しく指で拭ってくれる。
「そうか、会えて良かったな」
「うん」
母との思い出は私には無い。でも、ちゃんとあった。母との思い出。母と私の思い出は、私の中にちゃんと残ってた。

