立花さんの手が私の手に触れた。


「立花さん…。」


「ごめんな。」


立花さんはそう呟いた。


「結香、俺のこと名前で呼んでくれる?」


立花さんはずるかった。


「……裕介さん。」


「ごめん。」


私たちは手をつないで、しばらくの間黙っていた。


「もう帰らないと…だめだよな。」


立花さんは切なげに言った。


気づけば5時を過ぎていた。


「…立花さんは、数学の先生なんですか。」


「そうだよ。」


「私、数学苦手です。」


立花さんは笑った。


「じゃあ俺が教えてあげるよ。」


「本当ですか?」


「本当だよ。綾瀬さんの担任は私だからね。」


私のなかで、


立花さん、から、立花先生、に変わった。


「…よろしくお願いします、立花…先生。」


立花先生は私の頭をぽん、と撫でた。


「こちらこそよろしく。」


そして私たちは教材室を出て、ただの教師と生徒になった。


夕日が校舎をオレンジに染めていた。