「梓、悪いけど先帰ってて。ドーナツはまた今度ね。」


「えー。…でも、わかった。


じゃあ明日ね。」


帰ることにしたらしい。


「うん。また明日。」


「…綾瀬さん、隣の部屋で話そう。」


「はい。」


私たちの教室の隣は教材室になっている。


教材室といっても、小さい職員室のようなもので、


大抵は先生たちが休憩している。


「綾瀬さん、私のこと覚えてる?」


仕事中だからなのか、立花さんの口調は固かった。


「はい。覚えてます。」



私たちは教材室に入った。


中には誰もいなかった。


「立花さん、ですよね。」


立花さんは頷いてドアを閉めた。


「結香ちゃん、桜ヶ丘の生徒って言ってたよね。」


さっきのとは変わって、口調は春休みと同じだった。


「はい。」


「ここに赴任決まったとき、どうしようかと思ったよ。」


立花さんは困ったように笑った。


「俺、本当に結香ちゃんのこと好きだったから。」


私は顔が赤くなるのに気づいた。


「でも…。」


でも、私たちは教師と生徒だ。


「そうだな。


…あのときは俺が黙っていたのが悪かった。ごめんな。」