するりするりと人の間を縫うように進むヘリオトロープに追いつくことができず、文句を言ってやろうと口を開けたとき、
「静かにしろ」
耳元で掠れた低い声がそう囁いて、後ろから体を押さえ込まれた。
相手の左手が私の口を強く押さえる。
「―――っ!」
本能的な恐怖に手足を無我夢中でばたつかせる。
体の大きさ的にも力の強さ的にも、成人男性だとわかった。私が敵うわけもない。
びくともしない体に冷や汗をかきながらも、必死の抵抗でどうにか口が一瞬自由になった。
周りの人々は雰囲気にあてられているのだろうか、明らかに異様な状況に気づいてくれそうな様子もない。
もう随分前を歩くヘリオトロープに助けを求めようと息を吸う。
「た・・・」
1文字だけ発して、私はそのまま固まった。
遠ざかる黒い外套を見送る。
すうっと頭が冷めていくのを感じた。
そうだ、何を浮かれていたんだ、私は。
私が声を上げたところで誰が助けてくれるというんだろう?
あの少年―――ヘリオトロープだって、私のことなんて助けてくれるはずがない。
彼にとって私は“関係ない”人なんだから。
私は微かに開いていた口をゆっくり閉じる。
追随するように無骨な左手が再び私の口を封じ込んだ。
もう抵抗する気も起こらない。
男は私を乱暴に抱えて、路地に引っ張りこんだ。


