あの少年が手折って持って行ったせいだろうか―――
何故か、ふわりと鼻腔をくすぐる大好きな甘い香りがした。
◆*◆
こんこんこん、と早いリズムで靴の底が大理石を叩く。
「・・・くそっ、こんなことが有り得るのか」
自分の足が苛立ちを抑えられず動くのを頭の隅で煩わしく感じながら、俺はもう何度とも知れない言葉を吐き捨てるように呟いた。
すれ違う人々―――随分と偉そうな態度だからおそらくは貴族や王族だろう―――が怪訝そうに俺を見るが、俺が誰かわかった途端、興味を失ったかのように呆気なく視線を戻す。
隻眼の分厚い外套を着込んだ近衛兵が廊下を闊歩する。
文字だけを拾えば異常極まりないのだが、この城内ではむしろ普通の光景であるのだ。
俺が、宮廷庭師だから。
そのまま奥に行けば行くほど暗さの増す廊下の突き当たりまで歩いていくと、ひっそりと一つの鈍色の扉がある。
俺はその扉を軽く握った手の甲で叩いた。
1回、2回、3回。礼儀正しくノックされたドアの向こうから、はぁい、とどこか間の抜けた返事が薄らと聞こえてこっそりため息をつく。
全く、人の気も知らないで。
ドアノブを回し体重をかけると、重さのないその扉はあっさりと開く。
蝶番の緩い扉を慎重に閉じてから俺は部屋の中に声の主を認めて、声をかけた。
「・・・失礼致します」


