彼女は恐らく私の今までの扱いを忘れられずにいるのだ・・・もう何も気負わなくていいのに。むしろ、彼女は私に1番普通に接してくれていた。感謝こそすれ、思うところなんてない。

もうほんと頑固なんだから、と肩でふうっと息をした。

「・・・それに、陛下って言わないでって言ってる」

「正式に戴冠はされていませんが、実質そのようなものですよ、殿下」

「殿下・・・」

「そうだろ、もうお前はれっきとした王位継承者だ」

むくれた私にヘルがため息をついた。そんな仕草ながら、目には気遣いの色がある。

―――本来の王位継承者であった兄様が亡くなり、父様は隠居すると王の座を降りた。自分の次は私だとわかっていて、何も言わなかったのだから、きっと、そういうこと。

父様とは・・・もう一度、ちゃんと話したいと思ってる。

「そうだね、そうだ。しっかりしなくちゃ」

「ふん」

にっこりと笑うと、ヘルはふいっと顔を背けた。さては、照れてるな。

「それで、今日は通常の執務と、午後はタリオ様が殿下との面会のためいらっしゃるようです」

「タリオが!」

「・・・!」

思わず2人で顔を見合わせた。

「ええ、書状でもわかる程、楽しみにしていらっしゃるようでしたよ」

「そう」

「・・・ちなみに、書状の記名は、『ヴァンパイア当主 ヒューマン族タリオ』となっておられました」

彼女の言葉に、思わずリーンの顔を凝視する。そのまま、呆然と口を開く。

「―――聞いた?ヘル」

「・・・ああ」

「きっとこんなにわざとらしくわかりやすく書いたのは、彼、わざとね」

「そうだろうな」

ヘルの口の端にも、抑えきれない笑みが零れていた。


「―――それでは、私はこれで失礼致します」

深く腰を折ったリーンを私は呼び止めた。

「私、貴方がいて良かった。やはり立場的に文句は一応言うけど、毎日貴方が来てくれるのも、嬉しい」

彼女は私の瞳を見つめて、微笑んだ。初めて見る、大きな笑顔だった。

「私も、嬉しいです―――姫様。私、姫様がお話できるようになって。・・・お辛かったですよね、私本当に冷たい態度ばかりとって。今更、こんな事しても何の償いにもならないとはわかっているのですが、でも」

細まった目尻から、すっと一筋涙がこぼれ落ちた。

「そんな風に言っていただけて、本当に、嬉しいです」

慌てたように袖で拭うと、では本当に失礼します、と彼女は出ていった。