しばらく俺の瞳を覗き込むように見た後、急にふっと力を抜いて頭の上で腕を組んで肘を抱える。
「・・・あーあ、慣れないことしたっす。これで貸し借りは無しっすからね、お兄さん。オレなりに本当はさっきの事反省してるんっすよ、少しは」
ドゥケレは目を閉じて唇を尖らせた。
「ほら、早く行ってくださいっす、お兄さん。
それとも本当に、オレに行ってほしいんっすか?」
その言葉で、やっと俺の足は動いた。最初は、1歩。次いで、2歩。そこからはもう駆け足だった。立ち止まっていた時間を取り戻すように俺は走る。
ドゥケレも言っていた。これで貸し借りは無しだと。
だから俺も直接感謝を告げるようなことはしない。だが―――
「まあ俺なりに、感謝はしてる、少しは」
本人に聞こえるはずもないところでそっと声に出した。彼の言葉をなぞるように。
早く、彼女の―――アムネシアの元へ。
「・・・あーあー、本当に、オレ・・・何やってるんだろ。
自分で仕事やりにくくして、やっぱりオレって馬鹿なんっすかねぇ」
そんなドゥケレの微かな呟きが耳に入ってきたけれど、その真意を問うのは後にしよう。
“今”、何が最優先か。それを見失っては、駄目だ。
◇*◇
とんとんと階段を足早に上ってくる音がして、私は慌ててドアのそばから飛び退いた。
ドゥケレがわざわざ来るとはとても思えないから、ヘリオトロープ?
いや、でもヘリオトロープが来るはずが・・・何より、私が彼から逃げたのに。
無意識のうちに後ずさっていた足がベッドに引っかかって、ぽすんと腰が落ちる。
もうそのまま立ち上がる力も湧かないままマットレスに身を沈めていると、こん、と遠慮がちに軽いノック音がした。
ヘリオトロープ?
期待したい。期待してはいけない。
私は膝の上でぎゅっと拳を握りしめて、せめぎ合う感情に耐えようとする。
返事をしないままだったけれど、鍵をかけていなかったドアノブがゆっくりと回って、扉が押し開けられた。


