「・・・心配していたとして、それは」
「“お願い”のため、もうわかってるからわざわざ言わなくていいよ。
・・・それ以外に無いもんね」
自分で口に出して後悔した。少しだけ、幸せな気分だったのに。もうほんの少しだけ幻想に浸かっていたかった、と。
―――返事が無い。
「ヘリオトロープ?」
目の前でびくりと体が跳ね、少年の透き通るような紫の髪が朝日に浮いた。
「ああ、いや。いや・・・何でもない。・・・行くぞ」
ヘリオトロープは私に背を向けて、ゆっくりと歩き出す。
何でもない、なんて信じられないような顔を・・・していたけれど。
どうしてか訊くことができない顔だったから、私はそのまま彼の背を追いかける。追いかけて、そのまま、追い抜かした。振り返って微笑む。
「ほら、早く行こう?」
そんな私を驚いたようにヘリオトロープが見て、堪えきれなくなったとでもいうように、はは、と漏らした。手の甲で口を押さえて、目を瞑って、細かく肩を揺らす。
この少年がこんな風に笑うのを、私は見たことがなかった。笑ったのだって片手に収まる程度だけれど、声を出して笑ったのなんて、初めてだった。
この笑顔に、私はどうして、こんなにも胸が締め付けられるんだろう。
もっと私に笑ってと、そう思うのはさすがに欲張りすぎだろうか。
今度は私が驚いてヘリオトロープを見ていると、彼は一度目を閉じて深く息を吸った。
深紫の瞳が再び覗いた時には、もう何の表情も浮かんでいない。
「全く、何があったんだか」
軽く首を振って呟かれた言葉に、私も素っ気ない風を装って少しだけ首を傾げた。
「そういえば、私マーメイドの長の女の子に会った」
「・・・は?」
ヘリオトロープがきょとんとした顔をする。次いでこちらに足を踏み出した。
「待て、どういうことだ。何も無かったのか?」
「うん」


