前を歩くヘリオトロープが“終わり”に、手をかけた。
「・・・」
私は口を開いて、そのまま固まる。
何も言えるわけ・・・なかった。
この別れは必然なのだから。
ああ、扉が、開く。
ぎぃ、という音と一緒に、ぶわっと風が吹き付ける。
窓を壊して出て行ったのだから、当然と言えば当然だけれど。
堪らず目を細める私の瞳に、銀が激しく主張してきらりと瞬く。
部屋の中に、目を見張るほどに美しい“妖精”が、いた。
立っているヘリオトロープを押し退けて、部屋に踏み出す。
「あなたは・・・」
銀を纏う女性は、私に向かって蕩けるような慈愛でもって微笑んだ。
「会いたかったわ、ずっと」
吹きつける風にたなびかせる長いアザレアピンクの髪の銀色の輝きの合間から尖った耳の端を覗かせながら、私と同じ黄金の瞳で私を見つめた。
自分以外では見たことのないその瞳に、自分が溶け込んでいくような錯覚を憶える。
微動だにできない私に、彼女は白くしなやかな腕をこちらに広げ、桃色の唇を開いた。
「・・・アムネシア」
『―――あなたは私の宝物よ、アムネシア』
その呼び方が、声が、表情が、あたたかさが。
いつかの記憶と重なる。
私は考えるよりも先に走り出していた。
その手に誘われるがままに、彼女の胸に飛び込む。
細い腕のどこにこんなに力があるのだろうと思うほどに力強く、女性は私の体を抱き締めた。
あたたかな体温に包まれると、忘れたと思っていた記憶が、みるみる蘇ってきた。
無彩色な日常に塗り潰された、2人きりの、短く小さく大切な日々が。


