「どうした」
ヘリオトロープの声に数瞬迷った後、私は首を振った。
「ううん、ちょっと気になったことがあっただけ」
柄に目立たない色で彫り込まれていたのは、2匹の蛇が交差して首をもたげている、ルクムエルク家の家紋だった。
王族は家臣の家紋を覚えさせられるから、嫌でもわかる。
あの剣にあれが彫られているということは・・・つまりは、そういうことで。
どうして。
唇を噛む私の耳に、マリアの声が蘇った。
『―――上手く“使って”あげる』
令嬢だとはおおよそ思えない、下卑た笑み。
まさか、彼女の命令、なんてことは。
ないとは言い切れない。
でも、どうして連れ去ろうだなんて。どうして今のタイミングで。
「・・・そうか。」
ヘリオトロープは沈黙の後にそう呟いただけだった。
ルクムエルク家を宮廷庭師の彼は知っているだろうか。
迷ったけれど。
言う必要は無い。だってもうお別れだから。
「うん」
私はただそう頷いて、足早に歩き始めた彼の後ろをほとんど走るようにして黙って歩いた。
ヘリオトロープはもう振り返ってはくれなかった。
*
翔ぶ。
彼の腕に、優しく抱かれて。
・・・私を閉じ込めるあの塔へ。
だん、と音を立ててヘリオトロープは城壁を飛び越え着地した。
ヘリオトロープの外套が、風を孕んで一瞬ふわりと広がる。
黒くて明るい楽しい夢のように。
それがいつまでも続けばいいのに―――
外套がぱさり、と落ちる音がして、目が覚めた。


