そう言えば、と彼がこちらに視線を上げながら口を開いた。

「何ですか?」
「あさぎって誰?」
「・・・どこでその名を?」

私の質問に彼はおどけた笑顔を見せながら「レザン」とあのワインバーの名前を口にした。

「君を知ったのはジムじゃなくてあの店のが先なんだ」

コーヒーを啜りながらそんな事実を何の気なしにさらりと白状され、どう反応していいのか困った。

「実は昨日もいたんだよ。そこで君が不倫だと誤解していることを知ってね」

思わず咽たよと言うので、昨日店でワインを気管に通してしまったのはこの人なのかと、どうでも良い考察をする。
そして浮かぶ二つ目の疑問。

「・・・あの、どうしてこの部屋入れたんですか?」
「だめだよ。まだ俺の質問途中だから」

そういえばそうか。

「愛馬ですよ。乗馬クラブの」

すぐに答えると、彼は綺麗で少しだけ嫌味な笑顔で「なるほどね」と頷いた。
それから安心したよとも言われ、余計反応に困った。

「それで?どうやってここに入ったんですか?」

再びぶつけた質問に彼はこれでもかってくらい口角を上げ、

「知らない方が良いことだってあるんだよ」

と得体の知れないナニカを見せつけてきた。


自分はとんでもない人に落ちたなと確信した瞬間だった。