お客さんからもモテている。これまでも多分、いろんな女性と付き合ってきていると思う。

そんな人から受けたアプローチを無視してしまえる程、こっちは恋愛経験も豊富じゃない。

好きだと言われた言葉を何も聞かなかったふうには装えないし、だからと言って、その気持ちにはやはり答えられそうにもない。


弱りながら息を吐いた。
出て行かないといけないのに、足が踏み出せずにいた。


「桃」


声をかけられてドキッと胸が弾む。
答えないでいるのも変だと思い、「はい」と小さく声を返した。


「母親の相手をさせて悪かったな」


ロッカーの向こうから声がして、「いえ」と一言戻した。


「明日の朝から2人だけでやってもらうことになるけど出来そうか?」


その問いかけに答えるにはロッカー越しではいけないと思い、意を決して裏手に周り込んだ。


「大丈夫だと思います。お母さんとても熱心にメモを取っていましたから」


弁当の盛り付け方だけでなく、業務の流れも書き留めていた。
勉強熱心な方なんだ…と側で見ていて思った。


「店長は心配をしないで、早くその手を治してください。こっちは私達に任せていいですから」


精一杯の笑顔で言ったつもりだった。
白瀬さんは「面目ない」と謝り、お母さんが作った賄い料理を食べ進めている。

その様子を見ながら親子の繋がりを思った。
休憩時間に聞いた話を思い出し、それとなく尋ねてみた。