本格的に降り出した雪は少しずつ路面を白く染め始めた。
店内で流しているラジオからも「今夜は早目に帰宅しましょう」との声が聞こえる。


「お先に失礼しまーす!」


午後1時になって、私は店の裏口から更衣室のあるバッグヤードへ向かった。
ロッカーの鍵を開け、身に付けているバンダナとエプロンを外す。

お客さんが来ることを教えるインターホンは途切れがちに聞こえてきて、客足も減っていることを物語っていた。


「ふぅー…寒っ」


火気のない更衣室で呟き、コートを身に付ける。
衣料品店で買った安いマフラーを首に巻き、パタッとロッカーの扉を閉めた時だ。

ガチャと裏口のドアが開く音に振り向いてみれば、白瀬さんがお昼ご飯を片手に入ってくるのが見え、黙っているのもおかしいから「お疲れ様です」と声をかけた。


「ああ、お疲れ」


更衣室の裏手に作られた休憩スペースに向かう彼を目で追い、この間言われた言葉を思い出した。


「桃が好きだ」と囁かれたのは夢みたいだった。
厚哉以外の人から言われたのが久しぶり過ぎて、何だか信じられない気持ちも胸にあった。

相手は親会社の社長の御曹司でイケメン店長であるという点も不思議で仕様がないし、料理も上手くて頭の回転も速そうな人が、私みたいな者を本気で思ったりしてくれてるんだろうか。