布団に入ってきた明香にも気づかず泥のように眠り続け、明け方近くになって彼女の声を聞いた。


「行ってくるね」の声が、切なそうだった。
起き上がってみると昨夜飲んだままにしていた缶ビールは片付けられて、洗濯物がカーテンレールに干されてある。


昨日と違って朝飯は置いてない。
さすがに怒らせたのか…と思い、母親の顔も見ておこうかと部屋を出た。


店のカウンターには包帯を巻いたイケメン店長がいる。
俺はその手を見定めて、厨房の中に立っている明香の方へ目を向けた。

明香は俺から目を離していた。
その目線を追いながら焼きそばを注文した。

手慣れた調子で作り上げた明香が、焼きそばの仕上げ方を教えている。
小柄で上品そうな奥様みたいな人が、奴の母親なんだ…と思った。


色が白くて美人だった。
自分の母親とは比べものにならない程の上品さが漂っている。

「迷惑を掛け続けてます」と謝る男に「いえ」と返事をした。
こいつと夜中に話した内容を明香にも話せない自分の狭さが苦しい。

親子の声に送り出されるように店を出たが、明香が後を追いかけてくる気配はなかった。


(終わったな…)と降り出しそうな空を見上げてそう思った。

俺はきっと大事なところで明香を取り零してしまったんだろうと思う。


(明香を自由にしてやるのがいいんだ)


そう思いながら部屋に帰って行った。