ピストレーサーを駐輪場に駐めると、聡は両の太ももをトントンと手で叩いた。

つい今しがたまで使っていた筋肉が脈打っている。

爽やかな初夏の風が火照った身体に心地いい。


……向こうは……暑いだろうなあ。

遠くシンガポールに想いを馳せてると、聡の頬が緩んだ。


カツンカツンと音を立てて、建物の中へ入る。

薄暗い、物静かな公立の中央図書館に、原色づかいの派手なサイクルジャージとレーサーパンツの聡は……かなり目立つ。

奇異の目で見られることにはすっかり馴れた聡は、二度見されてることに気づきながらもクールに闊歩した。


文庫本の棚をじっくり眺めて、左手に積み上げていく。

片道7時間以上の長いフライトが行き帰りで2回分。

限度いっぱい、10冊の文庫本を借りるつもりだ。

もともと読書は好きで、ジャンルを問わずに乱読してきた。

最近お気に入りは岩波文庫の黄色。

日本の古典文学を片っ端から読んでいる。

絶版の古い本も図書館なら請求できるのが便利だ。


蔵書検索をしようと、一旦、書架から離れて端末へ向かった。


……あれ?

山口……じゃなくて、濱口あけりさんだ。


大きな机の席で、真剣に文庫本を読んでいる。


何、読んでるんだろう。


窓から差し込む陽光が、あけりの黒い髪をきらきらと輝かせる。

青白い頬が、透き通るように美しい。


……でも、やっぱり別人みたいだな。


小学生の頃の聡にとって、かつてのあけりは憧れてやまない存在だった。

明るくて、元気いっぱいで、美人なのに気さくで、誰に対しても親切だった。

あの溌剌とした少女が、病気を患ったからって、こうまで変わるのか。


……それとも……病気以外にもつらいことがあったのだろうか。

叶わない、年上既婚者への思慕?

両親の離婚と再婚?


そのどちらをも聡は経験してきた。

……まあ、継母への思慕は、すぐに家族愛に切り替えたけれど。