「あの!」

思わず、あけりは声をかけた。


突然、大きな声で呼ばれて、彼は驚いたように振り向いた。

そしてあけりを見つけると、あけりのすぐ側の門柱を見て、首を傾げた。

「……はい?……あれ?……君……山口さん?……濱口???」

「え!?」

山口というのは、かつてのあけりの苗字だ。

今は使っていない苗字で呼ばれて、あけりは面食らった。


「……うん、山口あけりであってる。今は濱口あけり。」

あけりは、表札を指さしてそう名乗った。


すると、彼はゴーグルを取って、目を見開いた。

大きな杏仁形の目、通った鼻筋……あけりは、確かに彼を知っている気がした。

誰だっけ……。



「聡(さとる)!ナンパしてんの?ひゅーひゅー!」

派手な男が、シャーッとロードレーサーで現れてそうひやかした。

……ひゅーひゅーって……口で言うんだ……。


「違います!……小学校と、塾が同じだったヒトですよ!」

聡と呼ばれた彼は頬を赤らめて、ロードレーサーの男にそう説明した。


恥ずかしそうな表情と、聡という名前で、あけりはやっと思い出した。


「東口……聡くん?……なんか、イメージ違うんやけど……。」

確かに、そんな子がいた。

てゆーか、もし彼が東口聡そのヒトなら……彼の初恋はあけりだったはずだ。


「え……。かわいい……。紹介して!俺、水島薫。聡の師匠。」

聡ではなく、派手な男が食いつき気味にそう名乗った。

「水島薫……。」

その名前だけで充分だった。

あけりの目がキラキラと輝いた。


……え?マジで!?脈ありっ!?

薫のテンションが上がった。


あけりは、母親譲りの美貌と知性の同居した綺麗な子だ。

かつては性格的にも体育会系で溌剌としていて、とにかくモテた。

聡が知っているあけりは、まさに、誰からも愛される元気でかわいい女の子だったが……目の前の美少女はむしろ儚げで青白い。

「山口さん、あ、いや、濱口さん?……あの、こちら、怖そうにもチャラそうにも見えるかもしれないけど、プロの競輪選手なんだ。」

「……ややこしいから、名前で呼んでくれたらいいよ。私もそう呼ぶから。」

あけりは聡にそう言ってから、カチャカチャ言わせながら近づいてくる薫に向かって笑顔を向けた。

「水島さん!ファンなんです!いつも応援してます!」

「……へ?」

思ってもみなかった言葉に、薫は固まった。