ロードレースの漫画が流行して以来、街中にローディーが増えた。

ほとんどが素人ローディー、にわかローディーだが、それでも自転車愛好者が増えることはうれしい。

特に、自分が自転車に乗れなくなってからは、颯爽と走り抜ける自転車乗り達は羨望の的だ。

なかでも、やはりあけりはピストレーサーに乗っているヒトに目を奪われる。

MTBerでもローディーでもない、ピストレーサーにちゃんと「乗れている」男性に。



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気づいたのは去年の夏休み明けだった。

あけりの通う学校では、週に1度だけ始業前に仏参と呼ばれる宗教行事があり、いつもより朝早くに登校しなければいけない。

継父は身体の弱いあけりを心配して毎朝、自分の車で送ってくれている。



ある朝、継父がつぶやくように言った。

「あの子ぉは、けっこう『乗れてる』んちゃうか?……細いけど。」

反射的にあけりは窓の外を見た。

継父の言う子はすぐにわかった。

見るからに、細い若い男の子が、車道の左端をお行儀よく真っ赤な自転車で走っていた。

あまりスピードは出していないが、継父の言う通り、綺麗なペダリングだ。


理由はすぐにわかった。

彼は、公道を固定ギヤで走っていた。


普通一般的な自転車は、タイヤが回っている時、自転車を漕ぐのを辞めても、惰性でタイヤは回り続ける。

下り坂は何もしなくても自転車が小気味よく走ってくれるのはこのためだ。

でも、彼のギヤは空回りしない。

タイヤが回ればペダルも、つまり足も回る。

どんな急坂も、タイヤと共に足は一緒に回転する。

否が応でも綺麗なペダリングになるわけだ。


「固定ギヤやわ。……競技してはるんやね。誰やろ……。」

ほんの数年前までは、あけりも競技会に出ていた。

知り合いかもしれない。

……でも、あのピストレーサーは観たことがない気がする。

ゴーグルで顔もわからない。


何となく気になって、あけりは注意深くペダルを回している彼を見つめた。




それから毎週彼の姿を目にするようになった。

まるで早朝登校時の風物詩のように、あけりは楽しみに目で追った。





彼の正体がわかったのは、先月のこと。

なんと、あけりの家のすぐ前で、バッタリと出くわした。