「失礼します……」

ぶしつけだけど、あけりにはそれだけ言うのが精一杯だった。

逃げるように玄関を飛び出した。


「あけりちゃん!……すみません!追いかけます!……後で、連絡しますんで!あけりちゃん!走ってる!あかんて!」

後ろから、薫が追いかけてきてくれることに、あけりは安堵したが、足は止まらない。

敷石を滑らないように足早に走り、門を出た。

少しスピードを上げただけなのに、肩で息をして、それでもあけりはズンズンと歩いた。


「あけりちゃん!」

追いついた薫が、あけりの腕を引いた。

あけりは、足を止めずに、強引に歩き続けた。


「あけりちゃん!わかった!わかったから!……独りで泣かんと。」

薫は、暴れるあけりを羽交い締めにして捕まえた。


……泣いてないもん。

そう言いたかったけれど……薫にそう言われたからか、どっと涙が流れ落ちた。

あけりはジタバタと腕を動かして、それでも歩こうとした。

泣いてなんかいられない。

どういうことか、確かめなきゃ。


「帰る!……ママに聞かなきゃ!」

「あけりちゃん!……俺も行く。」

薫の声が、混乱したあけりを包み込む。


……薫の存在は……両親に、ハッキリとは伝えていない。

年上の男友達ができたらしいことは察知しているようだが、同時進行で、聡と会っていることも伝えていたのがカモフラージュになっていたようだ。

本当は、薫のことは隠し通したかった。

競輪選手、しかも、よりによって泉勝利の弟子とつきあってるなんて……母にはとても言えないと思っていた。

でも……。


「……うん。……お願い……そばにいて……。」

あけりは自分から、薫にしがみついた。

とても、独りで立っていられなかった……。



また、喉の奥から血の匂いがこみ上げてきている。

……肺が出血しているのだろうか……。



あけりは、薫の……正確には泉の車に戻ってから、ティッシュにそっと唾液を出して見た。

透明な唾液に赤いモノが混じっていた。


……ああ……やっぱり……。

走ったのがいけなかったのか、土埃の上がる観覧席にマスクなしで座っていたのが悪かったのか……先週の続きなのか……。


……私、このまま、悪化して……死んじゃうのかな……。