私は自分の席に着くと、早速、大量の受信メールのチェックを始めた。

それと格闘していると、不意に名前を呼ばれた。

振り返ると、そこには梶リーダーが立っていた。
1課の頼れるリーダーでクライアントや部下からの
信頼も厚い。役職で言えば課長になるのだけれど、次期部長と噂されている。

「おはよう。広瀬、体調は大丈夫か?」

私は、質問の意味が分からなかった。

「えっ、私は元気ですよ。突然、どうしたんですか?」

「だって、広瀬、金曜日の飲み会、途中で帰っただろ。だから、体調でも悪いのかと思って。」

この人の目は誤魔化せない。多分、他の誰も気付いていないはずなのに、梶さんだけは、あんなに大勢の飲み会の中でも部下の私のことを把握していた。

「確かに、ちょっと飲んでたかもしれませんけど、
体調が悪くなる程では。ただ、私、あんまり飲み会とか得意じゃないので、お先に失礼しました。挨拶もせずに、すみませんでした。」

「いや、それならいいんだ。広瀬、元々、前から飲み会とか参加しない方だもんな。仕事の邪魔して悪かったな。」

「いえ、こちらこそ。それにご心配いただいて、ありがとうございます。」


そう言えば、生田君は、あの後どうしたんだろう。
飲み会に戻ったのかな。
また、相手の追求でもされたんだろうか。

生田君は、もう既に営業に出たらしくて社内にはいなかった。

生田君にはバレてないと言われていたけど、朝、ここに来るまで少しは不安があった。
私は途中で抜け出してしまった訳だし。

でも、会社に来て2つのことが明白になった。

一つは、生田くんのキスの相手はバレていないこと。
二つ目は、上司である梶さん以外は、誰も私に個人的興味など持っていないこと。

考えても仕方ない。
とにかく、波風が立たなければ、それでいい。

私は、また、メールの振り分け作業に戻った。

こうやって、何も起こらないまま、1週間は直ぐに
過ぎて行った。