アフタヌーンの秘薬


歓迎されているのは嬉しい。だからこそ、偽の関係が申し訳なく思うのだ。

「婚約してるならもう一緒に住んじゃえばいいのに」

「いえ、そこまでは……」

聡次郎さんと同棲なんてとんでもない。ストレスが溜まりそうで、それだけはどんなに大金を積まれても勘弁してほしい。

「龍峯でのお仕事も順調そうで良かったわ」

「そうでしょうか……」

「頑張ってね。聡次郎さんよりもお茶に詳しくなるくらいに」

「はい……」

知識はあってもお茶を淹れるのが下手な聡次郎さんよりは私の方が技術は上かもしれない。
今は淹れ方の他に川田さんから借りたテキストで製造工程や歴史、流通まで勉強し始めたところだ。

聡次郎さんの部屋まで戻ると相変わらずソファーでマンガを読んでいた。
私が戻ってきたのに気づいた聡次郎さんはちらっと私を見て小さく「ありがとう」と呟いた。たまにはお礼も言えるじゃん、と私は感心した。

思えば聡次郎さんにお礼を言われたことは少ない。契約を交わすと言ったときにビジネス感満載に言われたことならあるのだけれど。

「梨香、腹減ったー」

こういうところは子供だ。

「はいはい、作りますよ」

いい加減な返事をしながらIHコンロにフライパンを置いた。

ハンバーグの材料をこねているときも「今何してんの?」と聞いてくるし、小判型に丸めているときも「俺のでかくして」と口を挟んでくる。