「聡次郎さん、フライパンはどこ?」
引き出しや食器棚を探してもフライパンが見つからない。
「あ、そういえばフライパンない」
「ない?」
「料理しないからフライパンないよ」
そういう大事なことは作る前に言ってほしかったのに。
「鍋ならあるよ」
「鍋じゃ作れません」
「煮込みハンバーグにすればいいじゃん」
「それを作るには材料がありません」
聡次郎さんは面倒くさいと言いたそうな顔をしたけれど、面倒に思えてきたのは私の方だ。
「じゃあ兄貴んちで借りてくれば?」
お兄さんにということは奥さんの麻衣さんに借りろということだろう。
「聡次郎さんが借りてきて」
「仕方ないな……」
聡次郎さんはマンガ雑誌を閉じると立ち上がった。
「フライパンだけでいいの?」
「できればフライパンの蓋とフライ返しと菜箸と…」
「そんなにめんどくさい。やっぱり梨香行ってきて」
再びソファーに座りマンガを広げ始めた聡次郎さんに怒りを覚える。いい年した大人がまるで子供のような態度だ。
「わかりましたよ……」
私は聡次郎さんの部屋を出るとエレベーター横の非常階段から1つ上の階に上った。17階の部屋のチャイムを鳴らすと中から社長夫人である麻衣さんが顔を出した。
「あれ、梨香さんどうしたの? 今日は聡次郎さんとお出かけなんじゃ?」
私よりも1回り近く年上だろう整った顔立ちの麻衣さんはサラサラなセミロングの髪を揺らして首をかしげた。



