アフタヌーンの秘薬


小さく呟いた言葉はソファーに座ってマンガを読み始めた聡次郎さんに聞こえていたようだ。

「家で飯食わないからな」

「いつもどこで食べてるの?」

「明人と食いに行くか、デリバリーがほとんど。たまに母さんか兄貴の家で食わせてもらってる」

呆れたお坊ちゃまだ。同じビルに住んでいるとはいえ、成人した大人が母親か兄夫婦の家でご飯を食べさせてもらっているなんて。1人では広すぎるこの部屋はお風呂に入るためと寝るためだけにあるなんてもったいない。

「聡次郎さん、お米はどこ?」

キッチンには炊飯器はあるのに肝心なお米が見当たらない。

「下の引き出しの中」

食器棚の下の引き出しを開けるとレトルトカレーの箱と一緒に5キロのお米の袋が入っていた。袋の口はねじって輪ゴムで止められていたけれど、あまり食べていないのかまだたくさん入っている。

「味噌もコンソメもないし……」

味噌汁を作ろうと思っても冷蔵庫に味噌がない。スープを作ろうと思ってもコンソメも中華スープの素もない。

「味噌汁はどっかにある」

ソファーから聞こえた言葉に引き出しを探すと、レトルトのカレーの下にインスタント味噌汁の袋があった。けれど賞味期限まで1週間と迫っていた。これでもないよりはマシだろう。
お米を磨いで炊飯器にセットしてスイッチを押した。流しの下の引き出しからまな板と包丁を出した。これも使用されたことがないのではと思えるほど綺麗だ。
買ってきたタマネギをみじん切りにする。1人暮らしが長くて自炊に慣れている私は包丁の扱いにも慣れている。
トントントンと食材を切るリズミカルな音にソファーにいる聡次郎さんがキッチンに視線を向け始めた。