聡次郎さんが後部座席に放り投げた雑誌は私でも知っている月刊誌だ。
「意外。マンガ読むなんて」
「普通だろマンガくらい」
「老舗企業の役員で、ビルに住んで高級なお蕎麦屋さんに行く人が庶民的だなと思って」
経済新聞やビジネス書を読むのならわかるのだけど。
「車も自分で運転するよりも専属運転手がいそうなのに」
「あのさ、俺別にお坊ちゃまでもエリートでもない普通のサラリーマンなわけ。実家が有名でも俺は前の会社では平社員だから」
聡次郎さんは私の言葉に呆れて言い返す。
「普通の男だよ」
「そうだよね……」
笑いながらも私は普通なんかじゃない、と心の中で突っ込んだ。ごく普通の大人はお見合いを破談にするのに替え玉を立てたりはしない。現実離れした契約を持ちかけたりはしないのだから。
スーパーに着いて店内を見ていると聡次郎さんは「肉が食いたい」だの「煮魚が食べたい」だのと私に訴えるように呟いてくる。
「聡次郎さんが自分で作ればいいじゃない」
「俺が作れるわけないだろ。梨香作って」
「は?」
「作って。ハンバーグ食いたい」
「いつ? 今度?」
「今日これから」
驚きすぎて言葉が出ない。聡次郎さんに料理を作るなんてとんでもない。
「やだ。大変だから」
「大変ってなんだよ。いつも作ってるだろ? 俺の分も作るくらいいいじゃん」
「どこで? 私の家で?」
「うーん……俺んち?」



