恋人でもない、上司と部下の関係なだけで親しくもない男性にこんなに触れられたことなんてない。
これが契約の一環だというのなら、どうかこの行動を喜んでくれる別の人と契約し直してほしい。
私は聡次郎さんの行動がわからなくて戸惑う一方だ。
次に車が止まったのは駅から近いコインパーキングだ。
この先には雑誌でも特集が組まれる飲食店の集まる通りがある。
平日でも人が多い通りだから、先ほどのように聡次郎さんが手を差し出してくることは予想していた。だから思った通り差し出された手に、私はためらいながらも自分の手を重ねた。
「ここだよ」
歩いて数分で止まった聡次郎さんの視線の先は甘味屋さんだ。満席に近い店内に入り2人分のぜんざいを注文した。
「ここは1品頼むと抹茶がついてくるんだ」
「その抹茶ももしかして……」
「そう、うちの抹茶」
龍峯では抹茶も販売している。確か取引先一覧にこのお店の名前も見た気がした。
抹茶はお客さんの要望があれば試飲することができたけれど、私はまだ点てることができない。
店内に芸能人のサインがたくさん飾られているだけあって、取材も多く入るこの店のぜんざいは美味しかった。
龍峯で抹茶を飲んだことがあるのに、同じものでもここで飲むと一段と美味しく感じる。
今回も会計は全て聡次郎さんが払ってくれた。
「ごちそうさまでした」
「別に気にすんなよ」
聡次郎さんはぶっきらぼうに言いながらパーキングの精算機から戻ってきた。



