「残念……」
そう呟いて窓を閉めた。
「さぶっ」
もう3月も終わるというのにまだ寒い。
突然聡次郎さんが笑った。
「え、え、なに?」
「いや、梨香はひとり言が多いなと思って」
自覚がなかったので恥ずかしくなった。
「だって、横に聡次郎さんいるからつい……1人きりだったら静かだし」
「そう? いいよ、何でも話して。俺が返事してあげるから」
そう言われたら逆に話せなくなってしまう。思わず握った手に違和感があって見ると、手の甲が荒れている。乾燥して痒みがあった。
カバンから雑貨屋で買ったハンドクリームのチューブを出した。早速薄い緑色のクリームを手につけ馴染ませると鼻に近づけた。手からは爽やかな香りがする。
「どう?」
前を向きながら聡次郎さんがハンドクリームの使い心地を聞いてきた。
「緩めのクリームで手に馴染みやすい。香りはお茶って感じじゃないかな……爽やかだけど」
「どれ?」
信号で止まると聡次郎さんは私の手首を掴んで自分の顔に引き寄せ匂いを嗅がれた。
「ちょっと……」
「うん、いい香り」
そう言って私の手を優しく放した。
またしても抵抗する暇もなく聡次郎さんに掴まれモヤモヤした。
「何……するの?」
「お茶の匂いがするかと思って」
「…………」
何でもないことのように言う聡次郎さんに言い返せない。
この人は本当に私をからかっているのではないだろうか。手を掴まれた私の気持ちを想像できないわけじゃないだろうに。



