門をくぐり家屋の引き戸を開けると、中には確かにテーブルとカウンターがあり、厨房の中から「いらっしゃいませ」と1人の女性が顔を出した。女性は母親と同じくらいの年代で着物を着て、お店の佇まいに相応しい品のある女性だ。
「あら聡ちゃん!」
聡次郎さんの顔を見るなり女性は聡次郎さんに笑顔で近づいた。
「おばさん久しぶり」
聡次郎さんも笑顔を見せた。
「また大きくなったんじゃない?」
「いや、もう成長止まってるし」
「普通に食べにきたの?」
「そう。ここの蕎麦がやっぱ1番」
笑い合う2人の後ろで私だけが存在を忘れられているようだ。
聡次郎さんを「聡ちゃん」と呼ぶ女性はかなり親しい間柄であると感じ取れる。
「聡ちゃんの彼女?」
立ち尽くす私を見て女性は聡次郎さんに問いかけた。
「ああ、うん。そんなとこ」
複雑な表情の聡次郎さんの横を抜けて女性は私の前に立った。
「初めまして、聡次郎の叔母です」
「は、初めまして、三宅梨香と申します」
叔母さんではどうりで親しいはずだ。
「聡ちゃんが女の子を連れてくるなんて初めてよ」
嬉しそうに話す叔母さんに今度は私が複雑な顔をした。
聡次郎さんの婚約者を演じるということは、私を恋人だと信じている人を騙すことだ。今初めてそのことに気がついた。
「奥にどうぞ」
叔母さんに案内されて奥の部屋に通される。
「聡ちゃん、龍峯にやっと戻ったんだって? お義姉さん安心したんじゃない?」



