自分が恥ずかしくなった。聡次郎さんがプライベートでも私に構ってくるのだと勘違いしていた。聡次郎さんの感覚では今日は休みであっても婚約者を演じる日で出勤日ということなのだ。
「すみません……」
聡次郎さんに謝ったのは何度目だろう。いつか終わる契約期間中、あと何度謝罪の言葉を吐くのだろう。
「頼むから、デートしてるんだって思わせてよ。一緒にいるときは演技でも恋人になってほしい」
この言葉に泣きそうになるのを堪える。
「はい……」
短く返事をするのが精一杯だ。窓の外に顔を向けて潤んだ目を聡次郎さんに見られないように、じっと黙って耐えることしかできない。
カフェの仕事と龍峯の仕事よりも、聡次郎さんの婚約者でいる仕事は精神的な負担がかなり大きい。
「ごめん……言い過ぎた」
横で小さく聞こえた言葉に「いえ」と返事をして、そこからはより一層静かな車内での時間を泣かないように耐えた。
海が近い街の住宅地を進み、お店の駐車場に車が停車した。車から降りた目の前には古いけれど趣のある大きな日本家屋が建っている。
「ここ、食事するところ?」
「そう。蕎麦屋」
蕎麦屋と言われて入り口を見ると確かにメニュー表が置かれた台があり、門の上には木製の看板が掲げられている。
「おいで」
聡次郎さんは先ほどの気まずいやり取りを感じさせない穏やかな声で私についておいでと促した。



