「梨香さ」
「はい」
「俺が苦手だからタメ口じゃないの?」
「そういうわけじゃ……」
「敬語って距離感じるんだよね。やめろって言ってるのに時々混ざってる」
「気をつけます……じゃない、気をつける」
膝に置いた手を握り、自分にも気をつけろと気合を入れた。聡次郎さんの機嫌を損ねたくない。後で何倍にもなって嫌みが返ってきそうだ。
「そういえばどうして月島さんは敬語じゃないの? お友達ってことは学生時代からの付き合いで?」
「いや、明人とは子供の頃からだな。小学校低学年頃からだったか……」
「そんなに長くから」
「昔龍峯には会社の従業員とは別の家政婦が何人かいたんだ。明人はその家政婦さんの子供。今明人は別のマンションに住んでるけど、昔は龍峯のビルの裏にあった社員寮に住んでて、兄貴と3人でよく遊んでた。俺とは同い年だったから学校も一緒に登校して」
聡次郎さんと月島さんは幼馴染で同僚でもあり、馬鹿げた契約にも協力するほどの仲ということだ。
「梨香って明人が気になるというより好きなんだ?」
「そ、そんなんじゃない!」
ついむきになって否定してしまった。好きとはっきり感情が芽生えているわけじゃないけど、好意があるのは事実なのに。
「はっきり態度に出すなよ。梨香は俺の婚約者なんだ。周りにばれないようにしろ。仕事と個人の感情は分けろ」
命令するような強い口調で言われてムッとした。



