確かに車が突然動いたり向かってくることもあるだろう。だけど私はもう子供じゃないのだ。
「嫌なの?」
「嫌じゃないですけど……」
不機嫌な聡次郎さんに嫌だとは言えない。けれど手を繋ぐこの行為の意味が知りたい。
「婚約者だろ。手ぐらい繋ぐ」
「今はふりなんてしなくていいじゃないですか。会社の人は誰もいませんよ」
「普段から自然にしてないと家族の前で誤魔化すなんてできないだろ」
「そうですか……」
言い返すこともせず繋いだ手を解かないまま黙って聡次郎さんの横を歩いた。
婚約者を演じる必要がない時間でもこうして婚約者でいなければいけないなんて契約にはない。さっきの言葉といい、もしかしたら私をからかって楽しんでいるのかもしれない。このままこの関係が続けば聡次郎さんのそばにいて安心できる日が来るとは思えない。
手を繋いだまま商業ビルのエスカレーターを上り、カフェや服屋の前を数店通りすぎたとき、聡次郎さんはとある雑貨屋の前で止まった。
「目的はここですか?」
「まあ……」
居心地が悪そうに立ったままじっと店内を見る聡次郎さんに、私は「確かに」と納得した声を出した。
「ここは男性1人じゃ入りにくいですね」
アロマの爽やかな香りが充満する店内は観葉植物や陶器が飾られ、女性向けの衣類がハンガーにかけられ並び、化粧品が売られている。



