アフタヌーンの秘薬


「とりあえず開けろよ」

「…………」

私は渋々ドアを少しだけ開けた。

「おはよ」

スーツじゃない私服の聡次郎さんが無表情で立っている。

「おはようございます」

2度目の挨拶は先ほどよりも抑揚がない。

「婚約者とデートしないなんておかしいだろ?」

「デート?」

「今日は俺も休みなの。母さんと兄貴に梨香と会うって言って出てきたんだ。休みにはデートする仲睦まじい恋人同士だって思わせなくちゃいけないだろ?」

「私に会うって言うだけで実際には会わなくたっていいじゃない」

勝手に1人でどこかに出かけてくればいいのだ。

「1人じゃ行きにくいところに行きたいんだ。できれば梨香に一緒に来てほしい」

「私今日は忙しいので」

「そうか? 暇そうに見えるけど」

聡次郎さんはドアの隙間から私の全身を見た。

「家事で忙しいんです!」

恥ずかしさがこみ上げた。髪は起きてからそのままでボサボサだし、上下グレーのスウェットで何の色気もない格好。もちろん化粧もしていない。だからドアを開けたくなかったのに。

「頼むよ」

その言葉はいつもと違う言い方だ。変わらず無表情だけれど声は少しだけ必死な気がした。引く気がない聡次郎さんに戸惑う。

「でも……やらなきゃいけないことがあるので時間がかかりますよ?」

「待ってる」

「出かける準備もしなきゃいけないので1時間くらい出てきませんよ?」

「平気。待ってる」